仙台の服部です!(第4信)
服部 豪志
05/06 (金) 19:51
仙台の服部です!
GWも過ぎ震災から2カ月が経とうとしております。
「GWあたりに6強の余震が発生するかも…」ということでイチオウながら緊張した生活を送っており震災以来一切晩酌を断っておりますので、少しお腹の辺りがスマートになったかも知れませんねぇ(笑)
このGW中は買い物に出掛けておりました。
3・11と4・7(こちらの方がヒドかったのですが)でわが家の食器がほとんど壊滅してしまったのでその買い足しです。
街は賑やかでしたね。デパートもずいぶんと混んでおりました。
家具店にも行きました。タンスが倒れて壊れてしまいましたのでその修理の手配が目的です。「復興応援価格」ということでずいぶん安くなっておりましたが、多少お金がかかっても修理しようと思っております。今回の震災で23年分のガレキが生れたそうです。買い替えてしまっては壊れたタンスがガレキのひとつになってしまいますので…
近所のホームセンターを覘いてみると防災グッズが売れまくっていましたね。一時品切れだったのですがようやくこの類の商品が出回るようになりましたか…
道路のあちらこちらでガス工事がまだ続いています。
震災以降東京ガス、大阪ガスをはじめとする全国の都市ガス事業者が復旧支援に来ていただいておりました。傘下の工事業者を含めるとピーク時で4千人弱が復旧活動にあたっていたでしょうか。この応援部隊の宿泊のために仙台市ガス局は秋保・作並の温泉旅館を客室を長らく押さえていたようです。震災後通常営業が出来ずにいた旅館側もさぞ助かったことでしょう。先日応援部隊の解散式がありました。仙台市の奥山市長が隊員ひとりひとり握手して労をねぎらうという一幕もございました。
まだまだ新たにガス漏れ箇所が発見されるようですが、もはや市ガス局が自前で復旧できる程度になっております。
“ボランティア・ツアー”ということでこのGW中も全国から被災地にボランティアの方々が集まっております。
交通の事情だと思うのですが、場所によってはボランティアの方や支援物資が入りにくくそれによって復興がなかなか進まないところもあるのが現実のようです。
石巻のような元々人口の多い大きな街であれば民間の支援物資がカジョーなくらいに集まったり石原軍団も炊き出しに来たりするかも知れませんが、その周辺にある小さな街ではいまだ食糧等の物資が不足気味だったりガレキの撤去がなかなか進まないという場所もあります。
「ボランティアはもはや過剰」ということでもう受入れを停めてしまっている自治体もあるくらいですから。同じ県内の被災地でもはポイント、ポイントによってそれぞれ状況が違っていたりするんですね…
GW前の27日、天皇皇后両陛下が宮城県内(南三陸町・仙台市)の避難所をご訪問になられ現地の被災者を慰められました。皇居の方でも「自主停電」に取り組まれておられるとのこと、畏れ多いばかりでございます。
Kスタ宮城も震災後の補修工事が終わり29日からようやくプロ野球のゲームができるようになりました。楽天ファンとしては嬉しい限りです。プロスポーツが地域の人々に明るい希望の光を与えてくれることを祈るばかりです。
私の妹は宮城学院女子大学の音楽科を卒業しているのですが、1日に卒業生・現役生有志によるチャリティーコンサートがありました。私も妹の長女スミレを連れて客席で応援です。(というか、スミレのお世話係)妹は最後の合唱に出ておりました。
宮学の現役の学生のなかには津波に遇って亡くなった方もあるそうです。
最後に…吉村昭著『三陸海岸大津波』(文春文庫)がいま街の書店で山積みになっております。
奥様の津村節子さんの「この著作による印税を全額寄付する」という声明をうけて出版元の文藝春秋社がこれを大増刷。
仙台で学習院の公開講演会が行われた際、講師でいらっしゃったのが津村節子さんでした。その折にちょうど石巻の辺り?を取材で訪れていた吉村昭さんが講演後の懇親会に飛び入り参加されました。
私が仙台に戻って間もない頃ですので、もう9年も前のことになりますが、非常に懐かしく思い出されて、つい1冊買ってしまいました…
東北の沿岸部がいかに津波の襲来を受け続けてきたのかがよく解る格好の書ですね。